ISDEコラム・2008年チリにおいて Part1 本当にここでISDEをやるのか?

ISDEコラム・2008年チリにおいて Part1 本当にここでISDEをやるのか?

あいつ、本当に”本気”でやる気があるのか。エンデューロはそんなに甘いもんじゃないんだ。さまざまな思いを抱いてのシックスデイズ。やがて、その思いはひとつになる。砂のトレイルの向こう側に見えたものはなにか。

先制パンチ。まるでデザートレース
本当にここでISDEをやるのか?

 「まるっきりバハカリフォルニアだなぁ!」。

チリの首都、サンチャゴから北へ500km、日本からチリへの直行便はなく、アメリカで一度飛行機を乗り継ぎ、丸々24時間以上をかけて到着したラ・セレナは砂漠の街だった。年間を通じてほとんど雨が降らない荒野。砂と岩、そして地平線の彼方まで林立する大きなサボテン。ほぼ同じ時期、おそらくはそろそろスタートの日も近い、あのBAJA1000の舞台になっているカリフォルニア半島にそっくりの景色じゃないか。

イギリスに発祥し、ヨーロッパで100年の歴史を刻んできた6日間エンデューロのイメージは、どちらかといえば、森の中のトレイルだ。昼、なお暗い森。小糠雨に濡れて滑りやすいマディと木の根の小道を坦々と走る。そして牧草地などのグラストラックがスペシャルテストに使われることが多い。もちろん、そんなふうに絵に描いたような伝統的な姿ばかりがシックスデイズではないのだが、それでもこの砂漠の風景はどうだ。「砂だとは聞いていたけれど、まさかこんな砂漠だとは…」

日本チームの6名、全員が面食らってしまった。先制パンチだ。もっとも、2003年のブラジル大会で砂丘のコースを経験している小菅浩司は、かろうじてそのパンチをかわしたかもしれない。パリダカ、北アフリカ、そしてモンゴルのラリーで砂漠の風景を見慣れている博田巌は、なんだか懐かしくなってしまったが、まさかこれがエンデューロのコースだとは思えなかった。

スペシャルテストは、これまでのシックスデイズでは見たことも無いような、全部がエクストリームテストじゃないか、と言いたくなるようなタフなものだった。スペシャルテストは全部で7ヵ所が用意された。1本が5〜6km、毎日のコースによって使い分け、1日5〜7本走る。ISDEは、リエゾンを制限時間内に走りつつ、そのスペシャルテストの合計タイムを競うシステムだ。1日の走行距離は250〜300kmにもなる耐久競技なのだが、しかしスペシャルテストでの走りは完全なスプリントのペース。1本につき数分のタイムアタックは、おそらくモトクロス世界選手権のペースよりも早いだろう。タフなリエゾンのルート走行と、ハードなタイムアタックの繰り返し。これをミス無く正確に6日間に渡ってこなさなければならない。

スペシャルテストでは、いかにコースを憶えるかも成績に直結する。日本チームのメンバーも、すべてのスペシャルテストを下見し、できるだけタイム短縮につなげる。だが、この深い砂と、大きな岩の路面は、どうだ。今まで聞いたことがないような6日間になりそうだった。

挫折のニュージーランドから1年
雪辱をかけた戦いを前にして

眼の前に拡がった砂漠のコースに、もっとも緊張したのは鈴木健二だった。エンデューロのデナシオンともいえるこの国別チーム対抗戦に、日本チームが初めて参戦した前回=2006年のニュージーランド大会に、やはり初の代表メンバーとして参加。MFJエンデューロの初代チャンピオンとして、そして抜群のスピードとクールなアクションライディングを持って日本のエンデューロシーンに光りを当てる存在として、ISDEでの活躍も大いに期待されていたが、2日目にリタイアという結果に終わっていた。ISDEにおける一流ライダーの証であるゴールドメダル(トップの成績から10%までのライダーに与えられる賞)への期待。さまざまなものを背負ってのチャレンジに敗れた昨年。

雪辱のかかった2度目のISDE。

マシンはヤマハの新型車、しかしトレールバイクと呼ばれるジャンルのWR250Rだ。「鈴木健二は、いったいなんというバイクを選んだのか」。KTMやHusqvarnaといったISDEで生まれ育ったような純エンデューロコンペティションマシンを相手に、そんなストリートバイクが通用するのか。ゴールドメダルはどうする。チームを引っ張る存在であるべきエースライダーが、それでいいタイムを出せるのか。最も過酷な”地獄の6日間耐久テスト”で、マシンを壊してしまうんじゃないか。またリタイアに終わるんじゃないか…。

もちろん一定の勝算があった。市販直前のWR250Rは、すでに完成車となっているのはもちろん、ISDEを想定した走行テストを繰り返し、スペシャルテストのシミュレーションでは、同社のWR250Fとの比較で1秒落ちのタイムにまで接近した。抜群の耐久性、ルート全体でのドライバビリティとの差し引きで同等と判断できるまでになった。いや判断した。

しかし、眼の前に広がっているのは、見たことも無いような深いサンドのスペシャルテスト、それに「ありえない」としか思えない、人の頭ほどもある岩がびっしりと敷き詰められた、河原のような場所でのスペシャルテスト。「天竜川なんてもんじゃない!」。

土や泥のようなシチュエーションならまだしも、スティッフィな足回りが求められるうえ、パワー差がモロに出てくるサンド路面、それに究極的な衝撃吸収が必要な岩の路面。こんなにコンペティションマシンと、いわゆる「市販トレールバイク」の差が歴然と出るコースはないだろう。

だが、ここまで来た以上、ほかに考えることはない。このマシンを信頼し6日間を乗り切るだけだ。なによりも、日本のエンデューロライダーを代表する6人のうちの一人として、納得できるリザルトを残さなければならない。やるしかない。

長い6日間が始まった。

第82回 FIMインターナショナルシックスデイズエンデューロ チリ大会
2007年11月12〜17日
文・春木久史
写真・亀畑清隆

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